2001/02/18
SMの話
今日は何のひねりもありません。マルキ=ド=サドとマゾッホの、あのSMの話です。今回はただでさえマニアックな話なのに専門的な用語を使うと引かれてしまいますので、あえて用語的にはわかりやすく書くことを述べておきます。
サド、つまり他虐とマゾ、すなわち自虐とではどちらが凄いことなのでしょう。他虐で喜びを感じるのは一種の本能です。人間も闘争本能をもつ動物ですからテリトリの維持や拡大といった本能をもちます。他人を虐げる、つまり攻撃するの変形ですが、この能力を持たなければ自分やその家族、子孫を生き残らせることはできません。他虐することに罪悪感を感じていては絶滅します。むしろ他虐に快感を覚えるくらいでやっと子孫を残すことができるのです。ですから他虐は極めて自然な行為なのです。対して自虐というのは本能とはまったく別の場所に位置しています。虐げられることに対して喜びを覚えることができる動物が人間だけ、ということでも理解できると思います。反論される前に書いておきますが、猿の一種に自虐的行動をとるものがいます。これはしかし過剰なストレスなどで発生する現象です。またレミングスの自殺なども同様に特殊な状況において発生する行動であり、自らの種の数を減らさなければ絶滅するという種としての生存本能で説明できます。唯一、人間の自虐だけが本能では説明できないのです。とはいえ、実際には自虐ではなく、周りから慰めてもらいたいという一点で自虐を装っている人もいます。そういう人は、冷たく突き放してあげればその正体がわかります。本物の自虐ならむしろ喜ぶでしょうし、偽物なら良心に呵責を覚えることもないでしょう。本能のままに他虐してあげてください。
自虐というのは非常に高度な精神レベルにおいてのみ現れる現象であり、それは知というものが引き起こす快感なのです。人類のみが持ちうる知的快感の究極の形、それが自虐です。そういうわけで、マゾに対する認識が変わりませんでしたか?あ、ちなみに私の精神は極めて単純ですからマゾではありません。念のため。え?くだらない小物を集めてるんだから金銭的なマゾだって?うぐ・・・・


 

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